【非モテにおすすめ】武者小路実篤の「お目出たき人」はこじらせすぎてて最高

非モテの方々はもしかしたらこういった経験があるのではないでしょうか?

街中や駅の構内を歩いているときにすれ違うカップル。その人たちを見て死にたくなってくるというような経験です。

実際に自分もそういった経験があります。経験則でいうとこういう時はお腹が空いていることが多いので、何かを食べれば自分の場合は大概解決しました。

「人間の体は単純だなぁ」と思われるエピソードですが、深く悩みすぎてしまう人の場合はおなかを満たしても解決しない場合もあるでしょう。

武者小路実篤さんが書かれた小説「お目出たき人」はそのように深く考えすぎてしまう人の話となっています。非モテの方には共感できると思いますので非常にお勧めです。

この記事にてあらすじや魅力などについても紹介していきたいと思いますので是非ご覧ください!

 

お目出たき人の内容

この本は一言で言ってしまうと失恋モノといって差し支えないと思います。

ただし非常に主人公がこじらせています。その理由としては主人公が偏執的なまでの妄想をかかえているからです。

主人公は今まですれ違っただけで、ろくに会話もしたことがない女性に対して求婚をしようとします。

そこまでであれば、明治時代にはまだそういったこともあったそうなので時代の産物かなと読み飛ばせるかと思います。

しかし、主人公のヤバいところはろくに話したこともない人であるのにもかかわらず、彼女のほうも自分と添い遂げたいと思っているということを信じて疑わないところです。

主人公は彼女と自分は相思相愛であるということに謎の確信を持っています。

その頭がお花畑であるおめでたさがタイトルの「お目出たき人」につながってくるのです。

 

女に飢えている主人公

この主人公、めちゃくちゃ女に飢えています。

最初のほうで「自分は女に飢えている」と何度も心の中で考えたりするのです。

そして当時はいい年をして結婚をしていないものが自慰行為に走るのは立派ではない印象を持たれるということが本書を読んでいると伝わってきます。

それにもかかわらず主人公は自慰行為をしてしまうのです。

そしてそれに罪悪感を感じるのであればまだ良いのですが、自らの強い葛藤の結果、メチニコフという外国人が正当なものであるという考えを持っているということを聞き正当化します。

しかし、それでも少しばかりは罪悪感が残るようで、彼の心の内から「汝、手淫する者よ」と聞こえてくるらしいです。

この小説を読んでいると至る所にツッコみどころがあるので非常に笑えてきます。

主人公のもてなさ具合とこじらせ具合は一部共感できるところもあり、笑いと悲しさが同時に味わえる小説となっているのです。

 

令和の非モテと明治の非モテ

考えてみると現代の非モテはこの作品の主人公ほど自信にあふれていないと思います。

もっと自信がなく、自己否定に入るので結果行動せずモテないというパターンが多いのではないでしょうか。

これはインターネットの影響ではないかと個人的には思っています。

性に対する赤裸々な心理や女性の内面などもSNSなどで見られるようになった結果、そういった情報を鑑みて自分には恋愛なんて無理だという自信のない考えが広まってしまったのではないでしょうか?

明治時代にはインターネットなんてものはもちろんありませんので、自分の観測する近所の世界がすべてです。

当時新聞などもありましたが、性的なものなんて乗っていなかったでしょうし、インターネットほど俗な情報に接することなどできなかったと思います。

情報が少ないため妄想が偏執的になりやすい気風があったのかもしれません。

まぁ「自信のない現代の非モテ」と「自信はあるけど妄想狂の昔の非モテ」のどちらがマシかは自分はわからないですが、自分のことは過大評価も過小評価もせず適正評価できるのが一番なのではないかと個人的には思っています。

なので自分の立場や自分がどう見られているかはよりよく考えたほうが良いという教訓をこの作品は与えてくれるのかもしれません。

大変難しいことだとは思いますが・・・

 

まとめ

この作品には非常に笑わせてもらいました。

新潮文庫版の場合、巻末に「グダグダたる人」というタイトルで阿川佐和子さんが批評をしているのですが、この批評が非常に的確で、ツッコみまくってて非常に面白かったです。

阿川佐和子さんの批評が見たい方は新潮文庫版を買ってみてはいかがでしょうか?

今回はここで締めさせていただきます。ここまで見ていただきありがとうございました!

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